パチンコ店で初めてのアルバイト

昔話

これは私が大学生だった時の話。

私の大学時代は、とにかくゴミクズのような生き方をしてました。

学校は行っても最低限単位を落とさないように出席するだけで学食に居座り、後輩とどうでも良い話をして夕方帰る。

大体こんな日常でした。

ただ、休みの日もあれば、午後から授業がない日もあるので、そんな時は大体パチンコ店へ直行してました。

当時あれは18歳のころ、パチンコは新海物語、スロットは北斗の拳が多く設置されている時代で、私は高校時代に初めて触った羽根物を良く打っておりました。

スペースガール

マジカルカーペット

パーラー星人

仮面ライダー

レレレにおまかせ

技術もないし、釘も読めないので、打ってみて15R当たって1箱出ればラッキー
くらいのものでしたが(あ、あとデビルマンもよく打った)これはこれで楽しかった記憶があります。

大学生活初のバイトはパチンコ店

大学生活は何かと自由な時間が多い。

目標があって、それに向かって勉強をしている部類の大学生ならそんなはずはないのだけれども、もちろん私は違った。

無駄な時間を生み出すことに関しては優秀な成績を収めていたが、金を生み出すことに関しては、これっぽっちも優秀ではなかった。

そして時間を金に換えるため、アルバイトをスタートさせることになる。

その中でも注目するのはやはり時給。すぐさまパチンコ店への応募を決意したのであった。

パーラー鈴蘭

私が入ったパチンコ店は大きなチェーン店ではなく、地元に昔からある小さな規模でした。

台数もパチンコ・スロット合わせて400台くらいだったんじゃないかと思います。

私は羽根物しかほぼ打ったことがなかったから色いろな台を知れたのは結構楽しかったです。

職場の人は、どう考えても接客には向かない見た目の人が多く、茶髪、ボウズ、リーゼントなど

多分蘭高校出身が多かったのでしょう。

 

女性も少しいましたが、金髪と紫の口紅という、ヤンキーというより北斗晶みたいな感じでした。

多分北斗の拳全盛期だったからでしょう。

 

どうでも良いことですが、北斗の拳と入力するとき北斗の件となることがあります。

そうすると一気に仕事の話っぽくなるので日常でこの誤字に悩まされている関係者は多いことでしょう。

そんなわけでパーラー鈴蘭で働くことになったわけですが、週5日、16時~24時くらいのシフトで遅番のみの勤務体制だったと思います。

最初はインカムが聞こえなくて、相当苦労しました。

コールランプもなかなか慣れず、だいぶ使えないスタッフだったと思いますw

パーラー鈴蘭のスタッフ

 

◆統括マネージャー

mutou

目つきの悪い武藤敬司

 


◆マネージャー

otoko

よく話してくれるけど目が笑ってない

 


◆主任

gorira

コンビニで毎日3000円くらい買ってくる

メタボリックシンドローム

 


◆チーフ

 

herumeppo

口ばっかしのふかし野郎

 


◆班長

kadokura

リーゼント、完全な鈴蘭


◆副班長

metamonn

親しみやすい良い人

見た目は素体ホラー


◆以下アルバイト数名

darushimugairu

金髪ボウズほか

 


こんな店でしたが楽しく働くことができ、スロットの知識もこの時に覚えることができました。

基本的にサボり癖のない私は真面目だと思われたらしく、鈴蘭の人たちから割とかわいがってもらいました。

 

年も18~19だったのでそれもあったと思います。

時給1100円で遅番をフルに働いた月は・・・手取りで13万でした。

10代にしてみたら超大金・・・これを貯金し、半年で60万になりました。

その後、鈴蘭を退社しアメリカに留学しました。

そしてMBAを取得し、現在の営業に活かせるマーケティングスキルを身につけたのでした。


という経歴を詐称していたショーンKは今何をしているのでしょうか。

 

私の場合は13万を始めとした給料の大半を覚えたての4号機に吸収され、各店の新台入替や

イベント費用の捻出に貢献していきました。

続く

 

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